ドライポイントはエッチング針で <版画家・芸術・作品>
銅板上に描画する方法で、エングレービングに比べて細く柔らかい線が得られる。
この過程でできる金属のまくれは、ドライポイント技法の積極的効果として残される。つまり、まくれに保持されて拭き残されたインキが、印刷時に微妙なにじみをつくる。
この効果を最初に用いたのは、15世紀後半ドイツの「アムステルダム版画素描館の版画家」(その作品の多くが同館にあるためこの名があり、またその有名な素描帳から「家事書の画家」ともよばれる)であるが、17世紀オランダのレンブラントはとりわけこの効果を好み、しばしばエッチング技法と併用して豊かな表現を生み出した。
自由な中間トーンを生み出すことができることからこの名があり、また、深く豊かな暗部に特色があるため、フランスではマニエール・ノワールmanire noire(黒の方法)ともよばれる。
銅板の全面をロッカーrocker(ベルソー)という道具で細かなやすり状に目立て、これをスクレーパーで削り取ったりバニッシャーburnisherでつぶしたりすることによって、黒から白までの諧調(かいちょう)を無段階に得ることができる。
つまり、目立てを完全に削り取った部分は白く、また手つかずの部分は真っ黒に刷られ、中間トーンは目の削り方・つぶし方のぐあいで自由に調整することができる。
一般には、エッチングで輪郭線を彫ったのちにこの処理をする。
この技法は17世紀中葉にオランダ在住のドイツ士官ルートウィヒ・フォン・ジーゲンによって発明され、彼から直伝を受けたプリンス・ルーパートがイギリスにもたらし、ここで急速に発達した。
そして従前のエングレービングにかわって絵画複製の有力な方法となったが、写真術の普及とともにその役割を終える運命を担っていたといえる。
19世紀前半には、ターナーがこの技法による「研鑽(けんさん)の書」の連作を刊行して人気を博している。
メゾチントは20世紀になって創作版画の技法として再認識され、とりわけ日本の長谷川潔(はせがわきよし)や浜口陽三(ようぞう)の作品にその成功例をみることができる。
この過程でできる金属のまくれは、ドライポイント技法の積極的効果として残される。つまり、まくれに保持されて拭き残されたインキが、印刷時に微妙なにじみをつくる。
この効果を最初に用いたのは、15世紀後半ドイツの「アムステルダム版画素描館の版画家」(その作品の多くが同館にあるためこの名があり、またその有名な素描帳から「家事書の画家」ともよばれる)であるが、17世紀オランダのレンブラントはとりわけこの効果を好み、しばしばエッチング技法と併用して豊かな表現を生み出した。
自由な中間トーンを生み出すことができることからこの名があり、また、深く豊かな暗部に特色があるため、フランスではマニエール・ノワールmanire noire(黒の方法)ともよばれる。
銅板の全面をロッカーrocker(ベルソー)という道具で細かなやすり状に目立て、これをスクレーパーで削り取ったりバニッシャーburnisherでつぶしたりすることによって、黒から白までの諧調(かいちょう)を無段階に得ることができる。
つまり、目立てを完全に削り取った部分は白く、また手つかずの部分は真っ黒に刷られ、中間トーンは目の削り方・つぶし方のぐあいで自由に調整することができる。
一般には、エッチングで輪郭線を彫ったのちにこの処理をする。
この技法は17世紀中葉にオランダ在住のドイツ士官ルートウィヒ・フォン・ジーゲンによって発明され、彼から直伝を受けたプリンス・ルーパートがイギリスにもたらし、ここで急速に発達した。
そして従前のエングレービングにかわって絵画複製の有力な方法となったが、写真術の普及とともにその役割を終える運命を担っていたといえる。
19世紀前半には、ターナーがこの技法による「研鑽(けんさん)の書」の連作を刊行して人気を博している。
メゾチントは20世紀になって創作版画の技法として再認識され、とりわけ日本の長谷川潔(はせがわきよし)や浜口陽三(ようぞう)の作品にその成功例をみることができる。
update:2009年08月23日
